~「いち、に、さん…」と数えさせる前に、親が知っておくべきこと~

子ども部屋で積み木を並べて遊んでいるときやお風呂の中で響く、可愛らしい声。
「いーち、にー、さーん、しー…」
湯船に浸かって、10まで数えてから上がる。あるいは、得意げに「100まで言えるよ!」と披露してくれる我が子。
そんな姿を見ると、親としては成長を感じて嬉しくなるものです。「うちの子は数字が好きみたいだ」「これなら算数も大丈夫そう」と安心される方も多いのではないでしょうか。
しかし、幼児教育の現場から少しドキッとするような事実をお伝えしなければなりません。
実は、「数が数えられること」と「数がわかっていること」は、まったくの別物なのです。
むしろ、ピグマリオン学院では「幼児期に数を数えさせてはいけない」とさえお伝えすることがあります。
「えっ、どういうこと?」と驚かれるかもしれませんね。
なぜ、数えることが算数の妨げになるのか。そして、数える代わりに何を育てれば、将来数学的な思考力が花開くのか。
今日は、ピグマリオンメソッドの核心部分でもある「量感(りょうかん)」という秘密について、じっくりとお話ししたいと思います。
## その「数える」行為、実はただの「暗記」かもしれません
子供が元気よく「いち、に、さん、し、ご…」と数字を口にしている時、頭の中で何が起きているか、想像したことはありますか?
実はこれ、多くの子供たちにとっては、意味を持たない「音の羅列」に過ぎません。
「じゅげむ じゅげむ…」という落語や、好きなアニメの歌を覚えるのとまったく同じ脳の使い方をしています。つまり、数字を理解しているのではなく、「数字という名前の歌」を暗記して歌っている状態なのです。
これを確かめる、簡単な実験があります。
お子さんの目の前に、みかんや積み木を5つほど置いて、「3個とって」とお願いしてみてください。
100まで数えられるはずのお子さんが、不思議そうな顔をして、適当にひと掴みしたり、あるいは「いち、に、さん」と指差して、3つ目のものだけを取ったりすることはありませんか?
もしそうなら、それは「3(さん)」という言葉は知っているけれど、「3という量のまとまり」が見えていない証拠です。
私たちはこれを「数唱(すうしょう)」と呼びます。お経を唱えるのと同じで、口では言えても意味が伴っていない状態です。
この「数唱」を「算数の力だ」と勘違いしたまま小学生になってしまうと、どうなるでしょうか。
「3+2は?」と聞かれた時、頭の中に数量のイメージが湧かないので、指を使って「3…4、5」と数えて答えを出すようになります。これが、いわゆる「数える算数」の始まりであり、計算力が伸び悩む大きな原因となってしまうのです。
## なぜ「量感(数量感)」が算数の土台になるのか

では、「数える」ことの代わりに、私たちが子供たちにプレゼントすべきものは何でしょうか。
それが「量感(数量感)」です。
少し想像してみてください。
テーブルの上に、真っ赤なイチゴが3つ乗ったお皿があります。
大人である私たちは、それを指差して「いち、に、さん」と数えたりはしませんよね。パッと見た瞬間に「あ、3個ある」と直感的にわかります。
この「数えなくても見てわかる感覚」こそが「量感」です。
ピグマリオン学院では、数は「1、2、3…」と続く「線(順番)」ではなく、「塊(かたまり)」として捉えることを大切にしています。
数えることに慣れてしまったお子さんは、すべてを「1の集まり」として処理しようとします。しかし、量感が育っているお子さんは、「3」を三角形のような形のまとまりとして、「4」を四角形のようなまとまりとして、頭の中でイメージすることができるのです。
これは単なる計算テクニックの話ではありません。
この「量を空間的に捉える力」は、将来、高学年で学ぶ図形問題や空間図形のセンスにそのまま直結します。
「算数は得意だけど図形は苦手」というお子さんが多いのは、実は幼少期にこの「量としての数」を体感する経験が不足していたことに起因する場合が少なくないのです。
## 計算は「記憶」ではなく「合成と分解」で解く

量感が育つと、計算の景色もガラリと変わります。
多くの親御さんは、足し算を「1+1=2」という式の暗記だと思われているかもしれません。
しかし本来、計算とは数の「合成(あわせる)」と「分解(わける)」です。
例えば、「5+3」という計算を例に挙げてみましょう。
数える癖がついている子は、まず「5」を思い浮かべ、そこから指を使ったり頭の中で唱えたりして「6、7、8…答えは8!」と導き出します。
これは計算しているのではなく、「数え足し」をしているだけです。数が小さいうちはこれでも通用しますが、数が大きくなったり、引き算になったりした途端、指が足りなくなって行き詰まってしまいます。
一方、量感が育っている子はどうでしょうか。
頭の中に「5の塊」と「3の塊」があり、それがガチャンと合体する映像が見えています。だから、数えることなく一瞬で「8!」と答えが出るのです。
特に重要なのが、小学校1年生の最初の壁である「繰り上がり」です。
「8+5」を見た時、量感のある子は「8はあと2で10になる」ことが感覚的にわかっています(これを「補数」と言います)。だから、5から2をもらってきて10を作り、残りの3と合わせて13、という処理を、言葉ではなくイメージの中で瞬時に行えるのです。ピグマリオンでは年少頃の段階からヌマーカステンを使って視覚的に5のまとまりを捉えながら繰上りの概念を理解していきます。
計算が速い子は、頭の回転が速いというよりは、この「数の景色」が見えていると言ったほうが正しいかもしれませんね。
## 【実践編】家庭で「量感」を育てる具体的な遊び方

「理屈はわかったけれど、家でどうすればいいの?」
そう思われた方へ、今日からすぐに実践できる「量感」の育て方をご紹介します。
まず、今日から封印していただきたい言葉があります。
それは、「数えてごらん」です。
お子さんがお菓子の数を答えようとした時、つい「いち、に…」と誘導したくなりますが、そこをグッとこらえてください。代わりに使っていただきたい魔法の言葉は、「どっちが多い?」や「パッと見ていくつ?」です。
小さなお子さん(1〜3歳頃)なら、「瞬間あてっこゲーム」がおすすめです。
お母さんの手のひらに、アメや積み木を1つ〜3つ隠して、「ジャーン!」と一瞬だけ見せます。そしてすぐに隠して、「さて、いくつだった?」と聞くのです。
数える隙を与えないことで、脳は必死に「映像」として数を焼き付けようとします。これが量感のスイッチを入れる最高のトレーニングになります。正解したら、「すごい!よく見えたね!」と驚いてあげてください。
4〜5歳のお子さんなら、「生活のお手伝い」が一番の教材です。
「今日のご飯は4人だから、お箸を4膳出してきて」
これは単なる家事ではなく、「4」という量感を扱う立派な算数の実践です。紙のプリントで「4」という数字を書く練習をするよりも、実際の重みやカサを感じながら数を扱う経験の方が、はるかに深く脳に刻まれます。
## 先取り学習よりも大切な「待つ」勇気
最後に、私たちから保護者の皆様へ、一つだけお願いがあります。
それは、「待つ勇気」を持ってほしいということです。
早期教育に関心が高い方ほど、「早く計算できるように」「早く正解できるように」と焦ってしまうことがあるかもしれません。
しかし、子供が答えに詰まって黙り込んでいる時、その頭の中ではニューロンが猛スピードで繋がり、試行錯誤を繰り返しています。それは、思考力が育っている最も尊い時間です。
そこで大人が「ほら、これは5でしょ」と教えてしまうのは、せっかく芽生えた思考の芽を摘んでしまうようなもの。
すぐに正解が出なくても構いません。「どうしてそう思ったの?」と聞いてみてください。子供なりのユニークな理屈が返ってくるはずです。
「すごいね!」と結果を褒めるよりも、「なるほど、そう考えたんだ!」とプロセスを面白がってあげてください。
## まとめ:一生モノの「思考力」というギフトを
「数える」ことから卒業し、「量」を感じる力を育てる。
それは一見、遠回りに見えるかもしれません。スラスラと数唱できる同い年の子を見て、不安になる日もあるでしょう。
ですが、どうか自信を持ってください。
目先の計算テクニックではなく、しっかりと耕された「量感」という土壌には、やがて「論理的思考力」や「図形センス」という大輪の花が咲きます。それは、受験だけでなく、社会に出てからも役立つ一生モノの財産(ギフト)です。
今日のおやつタイムから、親子で「数えない算数」を楽しんでみませんか?
「あ、3個だ!」とお子さんの目が輝く瞬間を、ぜひ見つけてあげてくださいね。