2026年06月25日

【ブログ】子の成長を信じる

幼児期に限らず、人間が新しい物事を深く理解し習得するためには、その前提となる能力と様々な経験の蓄積が不可欠です。子供がまだ幼い頃は、できないことがあってもそれほど気にならずにおおらかに見守れていた親であっても、子供が年長や小学生へと年齢が上がっていくにつれて心境に変化が生じます。周囲の同年代の子供たちの様子が目に入ったり、様々な教育情報を見聞きしたりすることで、我が子の成長度合いに対してどうしても焦りや不安を感じて落ち着かなくなるものです。
一生懸命に取り組んでいるのにすぐにはできるようにならないとき、親はその日に費やした時間や教材が無駄になってしまったのではないかと落胆しがちですが、それは決して無駄ではありません。教室で学んだこと、自宅で親と一緒に取り組んだこと、あるいは日常の中で子供が何気なく遊んだことなど、一見するとバラバラに見える様々な経験が子供の頭の中では混沌としていますが、ある日繋がりを持ったときに初めて理解できる状態へと移行します。いつできるようになるかは誰にも予測できず、子供本人に尋ねても気がついたらできていたと答えるはずです。子供がこの状態に到達するためには、日々の多様な経験を意識的に繋げてあげる働きかけと同時に、子供自身がプレッシャーを感じることなく落ち着いた心持ちで取り組めるよう、親が静かに見守る姿勢が重要となります。

どれだけの量をこなし、どれだけの時間をかければできるようになるのかという明確な基準は存在しません。では、取り組んだにもかかわらず子供が理解できないとき、親はそれをどのように受け止めればよいのでしょうか。これには大きく二つの提案があります。
一つ目は、親が先回りして答えを教えてしまわないことです。子供が問題に行き詰まって手が止まっていると、親はつい助け舟を出して正解や手順を直接教えてしまいがちになります。しかし、人から教えられて一時的にできるようになったことは、その場しのぎの表面的な結果にすぎず、決して子供自身の本当の力にはなっていません。自分の頭で考え続け、試行錯誤の末に自らの力で答えを出すことこそが、本当の意味での思考力を鍛えるプロセスなのです。答えを与えられて効率よく処理することよりも、遠回りに見えても自分で考え抜く時間を重ねることが重要であり、そのためにも親は目先の結果を求めて焦らないように自制する必要があります。

二つ目の提案は、子供が持つ本来の成長力を心から信じることです。教育熱心な家庭で陥りやすい失敗の典型は、親が何とかして理解させなければと強く思い詰めるあまり、子供が現在できていることではなく、できていない欠点ばかりに意識が向いてしまうことです。これは子供自身の自己肯定感を損なうこともありますが、親自身の心のゆとりが失われていきます。親子の心の状態は車の両輪のようなもので、一方が落ち着かないともう一方も同じようにおちつかなくなります。
本来、どのような子供にも自ら学び、考え、成長していく強い力が生まれながらにして備わっています。親が焦って無理に教え込もうとしなくても、適切な環境を整え、良質な刺激を与え続けていれば、子供のタイミングでいずれ必ずできるようになっていきます。日々の学習や習い事、親子の何気ない会話など、子供が触れたすべての経験は決して消え去ることはなく、子供の内面に少しずつ蓄積されていきます。その蓄積された経験は、いつの日か必ず子供自身の生きる力へと変換されるときが来ます。目先の結果に一喜一憂することなく、子供の持つ可能性や成長を信じて、これからもたくさんの良質な刺激と温かい関わりを続けていくことが良い方向に進む入り口になります。