幼児教育の世界にいると、昔は天才と呼ばれていた子供が、二十歳を過ぎればただの人になってしまうという言葉を耳にすることがあります 。早期から多くの知識を詰め込む教育を受けた子供たちは、周囲の子供たちがまだ経験していないことを先取りしているため、一時的には非常に優れているように見えます 。しかし、小学校へ入学して他の子供たちの経験値が追いついてくると、能力の差が似通ったものになり、それまで天才に見えていた子供が学校の成績で伸び悩むという現象がしばしば起きます 。先取をしていた子達も学校の学習が始まると段々と追いつかれてくることは不思議なことではありません。実際に、大手の中学受験塾における調査データ等を見ても、幼児教育を受けていた生徒が後々まで優秀であり続けるという明確な証拠は見出しにくいのが現実です 。一見すると華々しい成果を上げているように見える幼児教育であっても、大人になるまで持続するような本物の能力開発を行うことは非常に困難なものです。

多くの幼児教室や小学校の指導において子供の能力が失速してしまう最大の原因は、すでに答えが存在するものを大人が教え込む「演繹法」という指導法や考え方にあります 。教科書に書かれている法則や解き方を先に教え、それを活用して答えを導き出させるという方法は、幼児の脳の発達段階においては本質的な理解に繋がりません 。教えられた子供は、その法則の背景にある意味を考えることなく、単に解き方を暗記して答えを出すだけの作業に終始してしまいます 。大人の理解を一方的に子供へ押し付けるこの「教える」という行為は、子供が自ら法則を見つけ出して理解する機会を奪い、結果として未知の課題にチャレンジして自ら考える力を損なわせてしまうのです 。文部科学省が考える力や生きる力の育成を長年提唱しながらも成果が上がりにくいのは、この演繹法に偏った教育手法を取り続けているためです 。

このような詰め込み教育の限界を打ち破るのが、ピグマリオンが実践している「教育」ではなく「学育」という考え方です 。大人が教えて育てるのではなく、子供が自ら学んで育つ環境を提供し、現実の事象を観察するなかから子供自身に法則性や心理を見つけ出させる「帰納法」のアプローチを徹底しています 。子供が自ら現実の事例をたくさん見て、その中の真理を発見し活用していく学びの習慣をつければ、どのような課題を与えられても自力で解決する力が備わります 。帰納法で学ぶ習慣さえ身につけば、考える力が消えることはなく、学ぶスピードと理解の深さは劇的に加速していきます 。表面上は似通って見える幼児教室であっても、この「自ら学んで育つ」という本質的なプロセスを辿ることで、小学生以降も決して消えることのない本物の思考力が形成されていくのです 。